哲学の日

 

 曇り空の京都東山です。ところどころ青空が見えます。

 さて、今日は 「哲学の日」だそうです。紀元前399年のこの日、古代ギリシアの哲学者ソクラテス(紀元前469年頃~紀元前399年)が、時の権力者から死刑宣告を受けて、刑の執行として獄中で毒を飲んで亡くなったことに由来するということです。

「哲学」と聞くと、何やら難しくて、分厚い本を読んだりなんかして、あれこれと考え込むというイメージがありますが、仏教もそんな一面があるようにも思います。

 ソクラテスで有名な言葉に「無知の知」があります。「自分は何も知らないということを自覚しているから、自分は賢い」という考え方です。仏教でいうところの「無明(むみょう)」だと思います。苦しみの原因は真実を知らないことです。自分勝手な思い込みや執着に気づいて、ものごとをありのままを見るようになろうと説きます。まずは、そこに気付くということは、ソクラテスと同じなのかもしれません。

 また、ソクラテスは、死刑宣告を受けても「悪法も法である」と言って聞き入れず、毒を飲んでしまいました。死を恐れず受け入れられたのは、「魂の解放」であり、真理の探究の続きだったと言われています。そういう意味では、仏教でも死は終わりではなく、輪廻や往生といった「次へのステップ」として捉えられます。肉体にこだわらず永遠の魂という考え方は仏教も同じなのかもしれません。

 私は、哲学を知っているわけではありませんが、ぼんやりと考えてみました。ということで、今日は「どんな人生を送りたいのか」とか、「自分にとっての幸せとは何だろう?」などと、自分自身に問いかけてみる日にしたいと思います。今日も楽しい一日を。