インゲン豆の日

インゲン豆
 曇り空の京都東山です。今日はインゲン豆の日だそうです。1673(延宝元)年のこの日、インゲン豆を中国から日本に伝えたとされる隠元隆琦禅師が亡くなった日に由来しているとのことです。

 隠元隆琦禅師(1594~1673)は、中国福建省の黄檗山萬福寺の住職で、1654(承応3)年、63歳の時に弟子たち20人らを伴って、日本に来られました。来日後は、後水尾法皇や徳川家綱公の崇敬を得て、京都の宇治に10万坪の寺領が与えられることになりました。そして、1661(寛文元)年、黄檗山萬福寺が創建され、黄檗宗を開かれたのです。

 黄檗宗は、臨済宗・曹洞宗と並ぶ日本の3禅宗の1つです。江戸初期から中頃にかけて、萬福寺の住職は、殆どが中国から渡来された僧侶でしたので、朝夕のお勤めをはじめ儀式には中国寺院で執り行われているお作法が取り入れられています。たとえば、般若心経も中国読みなので、私からすると違うお経に聞こえます。

 で、肝心のインゲン豆なのですが、私はどんな豆なのかはっきりとわからなかったので、調べてみました。やはり曖昧にしかわかっていない理由が分かりました。つまり、インゲン豆、サヤインゲン、そして、三度豆という3つの名称があるのですが、これがすべて同じ豆だったのです。

 まず、成熟する前に収穫して、さやも食べられるように品種改良したインゲン豆を「サヤインゲン」と呼びます。そして、完熟した実を乾燥させて食べるものを「インゲン豆」といいます。何と言いますか、ハマチがブリになるみたいな?ですかね。さらにサヤインゲンのことを関西地方などでは「三度豆」と呼んでいます。一年のうちに三度収穫ができるというところから名付けられたそうです。この3つの名称がごっちゃになっていたのですよ。

 ということで、インゲン豆には、他の呼び方があることと、たくあんと同じくお坊さんの名前に由来している食べ物だということがわかりました。ミネラル、ビタミン類が豊富とのことですので、久しぶりにインゲン豆を食べようと思います。今日も楽しい一日を。