駒札

 駒札をご存知でしょうか。寺社、史跡などの由緒などを記した将棋の駒の形をした木の板のことで、通称「駒札」といいます。京都市では「名所説明立て札」と呼んでいます。市内に750札ほどあるそうなので、これを巡るのも楽しいかもしれませんね。京都市の設置だけではなく、寺社や商店会、市民団体などが独自に設置した駒札もあるので、あちらこちらにいくつも駒札が目に入る京都です。

雙林寺の駒札には、

 金玉山と号する天台宗の寺である。延暦年間(782~805)に尾張連定鑑(おわりのむらじじょうかん)が伝教大師(最澄(さいちょう))を開基に招じて創建したのが当寺の起こりと伝えられる。その後、鳥羽天皇の皇女入寺などもあって栄え、広い境内と多くの塔頭子院(たっちゅうしいん)を有したが、中世になって衰微するに至った。応永年間(1394~1427)に国阿上人(こくあしょうにん)が再興し、時宗一派の本山となり、東山道場と称したが、応仁の乱後再び衰え、明治維新のとき天台宗に改まった。更に、明治の中頃、円山公園が設置された際に多くの寺地を失い、現在は本堂の一宇にその名残をとどめるのみである。本堂に安置する木造薬師如来坐像(重要文化財)は平安時代の翻波式衣文(えもん)がよく表現されている。この地には、かつて、西行(さいぎょう)、平康頼(たいらのやすより)、頓阿(とんあ)などが庵住したと伝えられ、本堂の南西飛地境内地には今も西行堂が建つ。また、豊臣秀吉もここで花見の宴を催したといわれる。東山区下河原鷲尾町

と、書かれています。もう、衰微しきっていると言わんばかりの内容がとても悲しいのですが、、、今日も楽しい一日を。