どんよりとした曇り空にて寒い京都東山です。今日は「一粒万倍日」です。【陰徳を積み慈悲を施し善事を行なうを主旨とする日であって、善積まずして只一粒万倍になると此日を開業売買契約等に吉日なりとするは誤れり。積善の家に余慶ありとの言を深く思うべきである。】というのが本来の意味のようです。
そして、「天台宗開宗記念日」です。比叡山延暦寺をはじめ多くの天台宗の寺院では、報恩報謝の法要が行われます。
延暦25(806)年1月26日、天台教学を学ぶ者(止観業)1名と、密教を学ぶ者(遮那業)1名の合計2名を年分度者(国家公認の僧侶)として認可する官符が発せられ、天台宗が公認されました。したがって、この日を以て「日本天台宗」の始まりとし、毎年1月26日を「天台宗開宗記念日」としています。
つまり、平安時代は得度をする人数は朝廷が決めていて、修行の費用は国が賄って僧侶を養成していたんです。しかし、その当時は、南都の宗派のお寺だけで、天台宗は対象になっていませんでした。そこで、伝教大師さまが、「天台宗も国に認めてもらいたい」とお願いされたのです。そのとき伝教大師さまはこのようなお言葉を述べられています。
「一目の羅(あみ)、鳥を得(う)ること能(あた)わず。一両の宗、何ぞ普く汲むに足らん」
羅とは、網のことです。網の目がひとつだけだと、鳥を捕まえることができないように、一つの宗派だけではすべての人々を救うことはできないということです。
観音さまが、三十三のお姿に変身されたり、仏教には八万四千のみ教えがあるとされたりするのは、あらゆる性格の人びとを導いたり、救ったりするためです。お題目が好きな人や座禅が性に合ってる人など、人それぞれです。キリスト教やイスラム教も一目の羅です。それぞれに長所や特色があって、みんなで認めあって、つながって、理想の彼方へと進んでいきましょう。「明らけく 後の仏のみ代までも 光つたへよ 法のともしび」今日も楽しい一日を。
